ワニの涙症候群

 約1年半前のことですが、生後8日の新生児が当院に来院しました。

 主訴は両側の眼脂。よくある鼻涙管閉塞と考え、眼脂が多く膿性なので抗菌剤点眼を処方して経過を見ましたが、数週間でし、自然治癒したようでした。狭小な鼻涙管が成長とともに拡張して閉塞が解消していくためだと思います。

 同じ子が生後10ヶ月で今度は左眼の流涙(涙目)で再び訪れました。眼脂や充血といった結膜炎症状は伴っておらず、膿性鼻漏や鼻閉など鼻涙管に影響を与える症状は全くなく、いわゆる逆さまつげ(睫毛内反)も見受けられないので原因はよくわかりませんでした。鼻涙管閉塞の再燃というのも一般的ではないので、しばらく経過を見ましたが、改善傾向がないため母と相談し眼科(松戸市立総合医療センター)に紹介状を書きました。

 ご返事の内容ですが、両側鼻涙管の通水検査は異常なく、その他器質的所見も認められないようでした。細かく問診をしていただいたようで、食事中(離乳食)にほぼ限定して左眼に流涙があることがわかり、「ワニの涙現象(症候群)」ではないかとのことでした。「??!」お恥ずかしいことに、この病名に関する知識がなかったため、少し調べてみました。

 ワニが獲物を捕食中、涙を流しているように見えることに由来しますが、欧米ではこれが転じて嘘泣き涙という意味があるようです。本当のところは余分な塩分の調節という生理的現象です。

 抹消性顔面神経麻痺(外傷性を含む)の治癒過程で神経が再生する際、唾液腺支配神経と涙腺支配神経の混線が起こり、味覚刺激や咀嚼などにより流涙が起こってしまう現象で、ほとんどは後天性のものですが、極めて稀に先天性のものがあることがわかりました。生後10ヶ月で離乳食が進み、味覚や咀嚼の神経発達、さらに3回食になることで症状が顕在化したと考えています。もちろん、患児に顔面神経麻痺の既往はありませんので、とても稀な先天性のものだと思われます。現在1歳を過ぎましたが、症状は変わっていませんし、治療の有効な手立てもありません。しかし両親は原因が判明し、すっきりと納得されているようでしたし、本人はいたって元気です。

 小児科医として初めて接するケースでした。長年やっていますが、まだまだ知らないことがいっぱいあるんだと思いました。

追伸:美味しい寿司を食べて涙は出ませんが、わさびの効き過ぎた寿司を食べると涙目になるような気がするのですが、これは神経の求心路と遠心路がまた別なのでしょうか?私だけ? … 私も?

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